2024/01/05、私は花酔いを結成した。間も無く1年。2024年は2025年に開花するための種を十分に蒔けたのではないかと思う。
この1年、体感でいえば早かったと言えば早かったのだと思う。記憶を巡らせてみたら色々と思い起こされるので、振り返ってみたら記憶の蓄積はそれなりではある。そうしてどうせ2025年もすぐ終わる。しかし、2025年は私と花酔いの人生の分岐点な気がしてならない。色んなことが変わっていく年だと予感している。覚悟が必要な年だとなんとなく思っている。
今年よく思ったことは、自分より年下のバンドと対バンするたびに、彼らが売れていくたびに、わたしはバンドを、花酔いを始めるのが遅すぎたのではないかとしばしば感じていた。花酔いを結成するまでわたしはほとんどずっと1人で音楽をしていた。それ以外では大学で組んだオリジナルバンド、ソムニウムでささやかに活動をしていた。余談であるし以前も書いたが自身が思っている以上に、このソムニウムでの活動は私のバンド活動における礎になっているのかもしれない、と花酔いを結成してからよく感じている。ともかくこのソムニウムの活動を通して感じたのは、バンドとは弾き語りと違い、実現力も高く、具体性も上がる。だからこそ私が本気でバンドを結成する際には絶対的に確立され、洗練されたものであるべきだとも思った。なので結果論でしかないが、私が想定しているバンドを再現度高めに実現させるには、ティーンレンゲではおそらく力不足だったと思う。それにそれまではネットで1人で活動していたので一緒に音楽をやってくれるような人間のツテもなかった。だからこそ、自身より若いのにもかかわらずしっかりバンドのアイデンティティが確立しているバンドはすごいと思うし羨ましい。まあともかく結果として花酔いを始めるタイミングって今年しか無かったんだと思う。
私は幾度も花酔いは売れるためのバンドと謳ってはいるが、バズる音楽とか耳馴染みの良い音楽をただ世に出して売れたいというわけでは決してない。ある程度曲を作ることができる人ならバズる曲とか耳馴染みのいい曲を作ることは簡単にできると思うが、そんなの私はつまらないと思う。私は自身の美学に基づいて作ったものと、世の中が求めている音楽が出会う形を望んでいるし、形容し難いが曲は私の分身のような子供のようなものなので大事にしたいし、大事にされて欲しい。それに私は漠然とだが、世の中との波長さえ合えば自分の音楽は世の中に見つかるだろうと思っているので、2025年に懸けてます。2024年に蒔いた種、一つも残らず咲き誇れ。ゴッホみたいに死んだ後に売れるというような、解散した後に売れるという形は断固拒否である。そうなったら私は自殺する。主観の正しさでしかないけど、現在という正しい時に正しい評価を受けたい。そうじゃないと今を生きてる私にとってはなんら意味がない。
全然何も語りきれてないのですが、私が文字を書くのも読み手が膨大な文字数を読むのも疲れてしまうので、ここらで筆を置きたいと思います。長くなりましたが、今年はレンゲで活動していた時とは比べものにならないくらいのご縁に恵まれました。みなさんどうぞ健やかに、良いお年をお迎えください。2025年の花酔いもどうぞよろしく。

この1年、体感でいえば早かったと言えば早かったのだと思う。記憶を巡らせてみたら色々と思い起こされるので、振り返ってみたら記憶の蓄積はそれなりではある。そうしてどうせ2025年もすぐ終わる。しかし、2025年は私と花酔いの人生の分岐点な気がしてならない。色んなことが変わっていく年だと予感している。覚悟が必要な年だとなんとなく思っている。
今年よく思ったことは、自分より年下のバンドと対バンするたびに、彼らが売れていくたびに、わたしはバンドを、花酔いを始めるのが遅すぎたのではないかとしばしば感じていた。花酔いを結成するまでわたしはほとんどずっと1人で音楽をしていた。それ以外では大学で組んだオリジナルバンド、ソムニウムでささやかに活動をしていた。余談であるし以前も書いたが自身が思っている以上に、このソムニウムでの活動は私のバンド活動における礎になっているのかもしれない、と花酔いを結成してからよく感じている。ともかくこのソムニウムの活動を通して感じたのは、バンドとは弾き語りと違い、実現力も高く、具体性も上がる。だからこそ私が本気でバンドを結成する際には絶対的に確立され、洗練されたものであるべきだとも思った。なので結果論でしかないが、私が想定しているバンドを再現度高めに実現させるには、ティーンレンゲではおそらく力不足だったと思う。それにそれまではネットで1人で活動していたので一緒に音楽をやってくれるような人間のツテもなかった。だからこそ、自身より若いのにもかかわらずしっかりバンドのアイデンティティが確立しているバンドはすごいと思うし羨ましい。まあともかく結果として花酔いを始めるタイミングって今年しか無かったんだと思う。
私は幾度も花酔いは売れるためのバンドと謳ってはいるが、バズる音楽とか耳馴染みの良い音楽をただ世に出して売れたいというわけでは決してない。ある程度曲を作ることができる人ならバズる曲とか耳馴染みのいい曲を作ることは簡単にできると思うが、そんなの私はつまらないと思う。私は自身の美学に基づいて作ったものと、世の中が求めている音楽が出会う形を望んでいるし、形容し難いが曲は私の分身のような子供のようなものなので大事にしたいし、大事にされて欲しい。それに私は漠然とだが、世の中との波長さえ合えば自分の音楽は世の中に見つかるだろうと思っているので、2025年に懸けてます。2024年に蒔いた種、一つも残らず咲き誇れ。ゴッホみたいに死んだ後に売れるというような、解散した後に売れるという形は断固拒否である。そうなったら私は自殺する。主観の正しさでしかないけど、現在という正しい時に正しい評価を受けたい。そうじゃないと今を生きてる私にとってはなんら意味がない。
全然何も語りきれてないのですが、私が文字を書くのも読み手が膨大な文字数を読むのも疲れてしまうので、ここらで筆を置きたいと思います。長くなりましたが、今年はレンゲで活動していた時とは比べものにならないくらいのご縁に恵まれました。みなさんどうぞ健やかに、良いお年をお迎えください。2025年の花酔いもどうぞよろしく。
