昨日はTOKYO CALLINGのオーディションでした!良い報告持ち帰れなくてごめん!
少し長いですがお話をさせてください。
私はずっと、花酔いは花酔いで勝手に頑張り、勝手に色々と成し遂げていくというスタンスでやっていました。というか、そういうものだと思っていました。そしてそのような流れの中で、お客さんが自然と集まってくるものだと想定していました。
でも、私がバンドを始めてから、お客さんから応援されることの大切さというものもなんとなく感じる場面が増えていきました。
そもそもお客さんに頼るという構想や想定なんて、私がバンドを始めた時には持っていませんでしたし、先日ツイートしたように、今回の来場者投票で何かが決まる可能性があること、花酔いを他者に委ねることを全く想定していなかったバンドでした。
つまり、物語性というものはバンドのみで完結できると思っていたような気がします。
ところで、ファンはアーティストの鏡というように、私は自分が好きなものは自分が好きなだけで良いと思っているタイプなので(※いつも熱心に布教・応援してくれるおじ様たちはありがとね。)、多分そういうリスナーが多いのではないかと考えることもあります。
昨年から花酔いでメンバー募集をしていて思いますが、多分花酔いって当事者として関わること自体のハードルが高くて、それはリスナーに対しても、もしかしたら言えることなのかなーと考えたりもします。
これ自体は花酔いを起因としたものだけど、環境が起因しているものもある気がしています。
例えば私は自分の活動をしていない頃から、ただ好きなバンド・気になっているバンドがライブをしている、それを目撃したいという理由だけで、割と簡単に1人でライブハウスに飛びこめてしまえていた人間なので気づかなかったのですが、言われてみればライブハウスって女の子からしたら1人で飛び込むには少し勇気のいる場所なのかもしれない。
私は特に女の子に花酔いを聴いて欲しいけど、彼女達からしたら花酔いのライブを見にいくこと・ライブハウスに行くことのハードルは、私が思っているよりも高いのではと思うことがあります。
でもきっと、今回のようにリスナーの力が必要な時、それは「応援」という目的のもと、彼女達がライブハウスに来てくれる理由にならないかと思いました。
すなわちそれは前述したような、「物語性とはバンド内で完結するもの」ではなくて、花酔いというバンドだけでなく、「花酔いとリスナーという共同体の中で物語が紡ぎ出される」ということを見出せるのかもしれない、と思いました。
そう思うと、私は今まであまりにも花酔いのことを自分事にしてもらうようなきっかけを与えられていなかったんじゃないかと思います。
そして実際私が認識できているリスナーって氷山の一角だろうと思っています。
どうしても私たちの認知はライブに来てくれる人や、SNSで発信してくれている人が中心になる。でもきっとサブスクで花酔いの曲を沢山聴いてくれている人・MVを沢山観てくれている人がいるし、実際にレンゲのツイートや備忘録を舐め回すように読んでいる人がいることも知っています。
私はずっとリスナー投票を避けてきたけど、もしかしたらリスナー投票というのは、実際に花酔いのライブに足を伸ばせない人に対しても、花酔いを応援できる場として、そして新たに応援したいと思ってもらえるきっかけとして機能するのかもしれないと思いました。
とにかく今はTOKYO CALLINGのオーディションについて良いお知らせができなくてごめん!
今まで公開オーディションに出たことがなかったけど、今回のことですごく温かい言葉を沢山かけてもらえたし、応援されている実感というのも感じられました。
リスナー投票のあるイベントは、このように通過しなかった際、自分もだしファンにも苦い思いをさせてしまうかもしれないというのも懸念の一つではありましたが、今回を経て、それ以上にまた一緒に頑張りたいなという気持ちになれましたし、リスナーも高みに連れていきたいと思いました。
そしてリスナーの力で立てるステージ、すごく素敵なんだろうなとも思いました。
そしてどうかささやかなお願いとして、少しだけでも我々に見えるところで何かを発信してくれたら、それはとても励みになりますし、嬉しいです。
そういうことの一つ一つが、私が花酔いを続ける理由になります。
もしかしたら貴女たちの中には、自分の存在など取るに足らないものだと思っている人もいるかもしれない。
けれどそんなことは決してなくて、私が世の中に作品を放出して、それを一緒に共有してくれること、それだけで私にはありがたい存在です。
これからもどうか応援してくださると嬉しいです♩
