これからの時代って風の時代って言われているらしい。
風のように目に見えないもの(知識など)が重要になってくるような時代。と私は認識しています。
デジタル化も進んでいるので物質に囚われない生き方をする人が有利になってくるのかもしれないですね。
根を張って、拠点を持って生きるのには向いてなさそうな時代であります。
そして、歴史の話を絡めると、個人的には縄文時代に戻る感覚なのかなと思いました。勿論本質的な話です。
以下は私の歴史的解釈なのでそう認識して読んでいただきたく。
縄文時代の彼らは採集を中心に生活をしていたわけですから、物にとらわれず自由に動き回って生活していたと思います。そのため部族間での闘争も無かったらしい。(逃げれば済むため)(戦う必要がない)
その後、稲作が始まる弥生時代に入りますね。彼らは命の糧である食糧、すなわち米を守らなければならなかった。米に囚われて、縄文時代とは違って自由に動き回ることができなくなったわけです。加えて部族間の闘争も発生します。(守るものがあり逃げ場が無いため)
時間や富(お金)を割いてしまったものに執着してしまうのが人間であり(それは恋愛とかでも応用できますが)、生きるために不可抗力だったのかもしれませんが、私たちは米に縋るしかなく、現在の生活をするに至ったと考えたら面白いなと思いました。今でも日本の主食はお米な訳で。
そういう意味で縄文時代も風の時代だったのではないか? と思いました。
もう一つ、物質に囚われない生き方でもう一つ思い出したのが、古代ギリシャやローマです。
文字が普及していない時代に何が役に立ったかというと、紛れもない知識であると考えております。当時は紙も無かったでしょうから人間を判断するうえで、知識は重宝されたと考えます。(世界に紙が普及し始めたのは751年のタラス河畔の戦いからだったかな。中国→アラビア世界)
知識が遺産だったのかなぁ。
風の時代を上手く生きていきたい!
おじいちゃんの家のお花

風のように目に見えないもの(知識など)が重要になってくるような時代。と私は認識しています。
デジタル化も進んでいるので物質に囚われない生き方をする人が有利になってくるのかもしれないですね。
根を張って、拠点を持って生きるのには向いてなさそうな時代であります。
そして、歴史の話を絡めると、個人的には縄文時代に戻る感覚なのかなと思いました。勿論本質的な話です。
以下は私の歴史的解釈なのでそう認識して読んでいただきたく。
縄文時代の彼らは採集を中心に生活をしていたわけですから、物にとらわれず自由に動き回って生活していたと思います。そのため部族間での闘争も無かったらしい。(逃げれば済むため)(戦う必要がない)
その後、稲作が始まる弥生時代に入りますね。彼らは命の糧である食糧、すなわち米を守らなければならなかった。米に囚われて、縄文時代とは違って自由に動き回ることができなくなったわけです。加えて部族間の闘争も発生します。(守るものがあり逃げ場が無いため)
時間や富(お金)を割いてしまったものに執着してしまうのが人間であり(それは恋愛とかでも応用できますが)、生きるために不可抗力だったのかもしれませんが、私たちは米に縋るしかなく、現在の生活をするに至ったと考えたら面白いなと思いました。今でも日本の主食はお米な訳で。
そういう意味で縄文時代も風の時代だったのではないか? と思いました。
もう一つ、物質に囚われない生き方でもう一つ思い出したのが、古代ギリシャやローマです。
文字が普及していない時代に何が役に立ったかというと、紛れもない知識であると考えております。当時は紙も無かったでしょうから人間を判断するうえで、知識は重宝されたと考えます。(世界に紙が普及し始めたのは751年のタラス河畔の戦いからだったかな。中国→アラビア世界)
知識が遺産だったのかなぁ。
そう考えると歴史は繰り返されるもんだなぁと思いました。
私は電子書籍とか嫌いだけどね。
でもペーパーレスとか印鑑廃止とか考えると実感湧きますね。
私は電子書籍とか嫌いだけどね。
でもペーパーレスとか印鑑廃止とか考えると実感湧きますね。
風の時代を上手く生きていきたい!
おじいちゃんの家のお花
